会社の仕事などでみなさん経験していると思いますが、人から命じてやらされる仕事はただただつらいノルマにすぎませんが、自分かやりたいと思い、計画立案して実行している仕事は、たとえ徹夜してもあまり苦になりません。
私は、仕事が終わり家に帰ると、毎晩かならず一時間半、資料の整理をします。その日何かいい言葉に出会ったら、それをメモしたり、それが載っている本や雑誌を選びだします。そしてそのコピーをとり、それぞれ関連あるファイルに入れていきます。あるいは、その日経験した患者さんのこと、その日もらつた患者さんや友人からの素晴らしい手紙なども、やはりコピーをとって整理しておきます。もっとも、コピーをとったり、ファイル別に整理するのはたいへんなので、人にも手伝ってもらいます。
講演など頼まれると、講演のテーマに関連したファイルを五つか六つ持って出て、新幹線や飛行機の中で講演の中身を組み立てていきます。
ときには、夜整理していてそのまま原稿を書き出して、気がっくと朝になっていることもあります。翌朝、ふっうに仕事に出ますが、睡眠時間を削ていても、こういうときは全然疲れを感じません。
自分の興味で、自分の意志で行なっていることですからストレスなどまったくなく、「いい原稿が書けた」というような満足感のほうがはるかに上回っています。
睡眠が不足していても集中力もあまり落ちませんし、家に帰ってすぐ寝てしまうということもありません。ふだんどおりの時間に寝て平気です。徹夜して書き上げた喜びというのは、私にとっては達成感というたいへんなご褒美になっていて、エネルギー源になっているということです。
自分の習慣を変える場合もまったく同じことです。
医師に言われたからしかたなくとか、女房がうすさいのでしかななく変える、というのでは習慣を変えること自休が、新たなストレス源になってしまいます。あくまで習慣を変えるというのは、その必要性を十分認識したうえでの自発的行為でなければなりません。
たとえば、タバコを吸っている人が言い訳のようにいう”理屈”に、つぎのようなものがあります。 タバコはたしかに体によくないと思うが、禁煙するとひどくイライラする、だからかえって、禁煙は体によくないのではないか、と。こういう人は、なぜタバコをやめるのか、動機づけも認識もできていないのです。これでは習慣を変える努力がただつらいだけで、喜びにはならないでしょう。
自発的行為でタバコをやめたとき初めて、食事がおいしくなったとか、物の味がよくわかるようになった、体調がよくなってきたなどの喜びが心の底から味わえるのです。しかし、相当認識してタバコをやめたとしても、しばらくは必死の努力が必要です。やめた状態が習慣になるには、ある程度の時間がどうしてもかかります。
もう一つ注意しておきたいのは、「結果は問わない」ということです。私の場合も、徹夜して原稿を書きあげたとき、「自分はがんばった」と自分で自分をほめますが、その原稿の内容が人から批判される心配があるようなものであったとしても、気にしないことにしています。
結果がいいか悪いかなどを気にしていたら、自分がやったことに対する満足感もなく、ストレスがたまるだけです。
タバコをやめる、酒をやめるというときでも、やめた自分をおおいにほめてください。そして、「せっかくやめたのに、すこしも体の調子がよくならない」などと結果を早急に問わないようにするのです。そうすればかならずいい結果が出るはずです。