人に話をきいてもらうと効果がある

私のところにときどきお手紙をくださる八〇代の女性がいます。この人には心臓病があるのですが、「習慣が人をつくる、心もからだも」という判こをつくり、知り合いの方に手紙を出すときは、封筒にかならずこの判こを押してくれているのです。私か誤った習慣を改めようという運動をしているのを知り、こういう形で、私のやっている健康運動を助けてくださっているのです。

この女性から聞いた話ですが、その人が心のよりどころにしているのが、一人の友人だというのです。もう六〇年もまえに病院で知り合いになった女性ですが、お互いに病気を持っているということもあって、その後はただの一度も会わずに文通だけしているというのです。「長い年月、姉妹のように、慰め、励まし合って生きてきました」と、その女性は語っていましたが、こうした心の友がいると、それだけでも元気づけられるものです。
 実際に病気と闘っていたり、習慣を変えようとしているときには、かなりストレスもたまってきます。こうしたストレスを上手に解消するのも、よい習慣づくりにはだいじなことです。もちろん、ストレス解消の方法は人さまざまでしょうが、たいへん効果があるのが、人としゃべって話を聞いてもらうことです。

とくに、いままで酒やタバコ、あるいは食べることなどでストレスを解消してきた人がその生活習慣を改めるには、ストレス解消の新しい方法を見つけることが大きな課題になってきます。

いままでストレスをタバコでまぎらせてきた人などは、タバコをやめることでストレスが爆発し、またタバコに手を出してしまうかもしれません。こんなときこそ、「人と話をする」というのが効果的でしょう。

といっても、これは「人と話す」というよりも、「人に話を聞いてもらう」といったほうがより正確かもしれません。聞き上手な人に自分の悩みを聞いて
もらうだけで、気分がすっきりすることもいものです。話しているうに、悩みが解決してしまう人もいるくらいです。

くじけそうになっても、やめるわけにはいかない

いままで続けてきた習慣を変えたいのだけれども、どうしても続ける自信がない、という人にとっておきの方法があります。それは、「あなた自身がよい習慣のモデルとして活動する」ということです。まえに、習慣を改めようとするときは、周囲に宣言してしまうといいということをお話ししましたが、モデルになるというのは、そのぷ旦言方式”をさらに強力にしたものです。

私の患者さんの中に、若いころはやせていたのに、戦後の経済成長とともに太りだし、肥満になった人がいました。しかも、この人は相当なヘビースモーカーでした。この患者さんと最初に会ったときには、まだ明らかな病気にはなっていなかったのですが、やはりこのままではまずいと忠告し、まずはタバコをやめてもらうようにしました。私のアドバイスにしたがって二週間の禁煙旅行に出ることで、この人はみごとに禁煙に成功しました。

ところが、その禁煙中に体重がふえてしまいました。タバコをやめると、食事がおいしくなり、ついつい食べすぎてしまったのです。

そこで聖路加国際病院の人間ドックにはいり、食事を減らすための指導を受けて、すこし体重を落とすことに成功しました。ふっうはここでやれやれと安心してしまうのですが、その人はそれ以上太らないために、ライフプランニングセッターの「上手にやせる会」にはいったのです。

この人に、私はやせる会の会長になってもらったのです。

彼は、ちょっと気をゆるすと食べすぎてしまうところがあったのですが、会長になるともう太れません。ほかの会員の手前もあって、くじけそうになっても、食事の量をコントロールして食べるというよい習慣をやめるわけにはいかなくなったのです。

こうした会で自分かリードする側になると、人から減量や禁煙をすすめられて始めるときにくらべると、もっと真剣に自分の生活を見つめなおすようにもなります。「動機」も強化されます。また、人を指導することで、よい習慣のだいじさがさらに深く理解できるようにもなるでしょう。このような治療法は行動科学的アプローチといえましょう。

患者さんのつらさが実感としてわかる

健康や病気についてあまり知識がない素人でも、あなたがやめたいと思っている悪い習慣を改めるのに成功した人や、同じ病気を経験し、しかもそれを乗り越えた人というのは、ひじょうに心強い、よき友となります。何より、実際に苦しみや痛みを知っていますから、同じ土台に立って話すことができます。

それは、ひじょうにリアルで具体的な話になりますし、親身に相談に乗ってくれるでしょう。しかも、その人はすでに成功をおさめたわけですから、その人のとった方法は効果があるはずです。それをそっくりまねすることはできなくても、自分の場合はどうしたらうまく悪い習慣をやめられるかということを考えるうえで、たいへん参考になります。

私は内科医で心臓病を専門としていますが、私自身は心筋梗塞にも狭心症にもなったことかありません。患者さんに、いまのままの生活をつづけていると、心筋梗塞や狭心症で苦しむことになりますよ、という場合でも、これまで私か診てきた患者さんの苦しみ方や、本を読んで得た知識を伝えることになります。

心臓の専門家といっても、ほんとうの意味では心筋梗塞の苦しさがわからず、患者さんの立場で考えようとしても、その立場になりきれないことが多いのです。そんな私でも、患者さんのつらさが実感としてわかることがあります。京大医学部の学生だったとき、私は結核にかかり、八ヵ月間自宅のベッドで寝たまま過ごしたことがあります。当時は効果のある治療法がなく、栄養を十分にとって、ただただ安静にしていることぐらいしか、対策はなかったのです。

私も絶対安静で、八ヶ月間、ひたすらベッドの上で過ごしたのです。横になって寝ているだけというのは、一見ラクなようでいて、けっしてラクなことではありません。じっとして動かずに寝ていると、ものすごく腰が痛くなってくるのです。

腰痛を訴える入院患者さんがいると、そのつらさが、医師である私にもよくわかります。私はさっと患者さんの腰の下に手を入れ、すこし腰を浮かせるようにしてあげます。そうすると、腰の痛みがやわらぐことを、私自身が身をもって体験してわかっているからです。

患者さんも、「先生、たいへんラクになりました。でも、先生にずっと手を入れてもらうのはお気の毒です。どうぞ抜いてください」と言ってくれます。
患者さんとの心の交流を感じるのは、こんなときです。

忠告する人は他人のほうがいい

皆さんが長年つづけてきた悪い習慣を改め、よい習慣を身につけようとする場合、それを成功させるだいじな秘訣は、”よき友”を得ることや、よい環境のなかにはいることにあります。

よい友人とは、あなたが尊敬できて、よい生活習慣をもっている人ならだれでもいいのです。その人が何かアドバイスしてくれたら、あなたも素直に耳を傾ける気になれるでしょう。

たとえば、酒を飲みすぎる人に対して、奥さん(あるいはご主人)が健康を気づかって、「もうすこしお酒を減らしたら」といくら忠告しても、がんとし
て受けつけず、医師や先生が忠告しても、いっこうに聞き入れようとしないという人でも、友人だったら意外に素直に応じるということがよくあるのです。

これは、人間には共通した心理かもしれません。

たとえば、ラグビー部の高校生がいたとします。その彼が先生から「おまえは最近ちょっと成績が下がっているから、ラグビー部の練習は休んでいい。今度の定期試験の勉強に集中したらどうだ」と言われても、おそらく抵抗感が強く、「はい、じゃあ練習はしばらく休みます」とはならないでしょう。あるいは、いちおう言うことは聞いたとしても、心の中では納得できず、勉強にも身がはいらないのではないでしょうか。

ところが、尊敬するラグビー部の先輩やマネージャーから、「おまえ、勉強しないとラグビーもできなくなってしまうぞ。ちょっとくらい練習を休んでもいいから、今度の試験はしっかりがんばれ」と言われれば、自分でもよく考えてみて、「たしかにそのとおりだ」とその言葉を受け入れるでしょう。

つまり、兄貴役や親身になって話してくれる友人の言葉が、その人を動かすいちばんの力を持っているのです。

なり、この″友人”は、あまり身近すぎてもいけないふうです。肉親の言うことには、頭ではその忠告が正しいとわかっていても、感情が反発してしまうのです。宗教家は、自分の子どもを宗教的に育てるのがむずかしいといいます。子どもにとっては、父親という肉親であること、それに加えて権威のある宗教家であるという二重の反発材料がそろってぃるため、ことごとく親とは反対の方向に行こうとするのでしょう。

ですから、悪い習慣を改めるために忠告を受けるような場合、忠告する人はあくまでも他人であるほうがよいようです。そのほうが、受ける側もそれほど感情的にならずにすみ、自分の状況を客観的に見ることもできるはずです。

もっとも同じ身内でも、可愛がっている孫だけは例外のようで、自分にとっては耳の痛いことでも、孫の言うことならなんでも聞いてやるという人が多いようです。

医師は習慣の情報を持つていない

「このまえ人間ドックにはいったとき、お医者さんから、あなたは太りすぎだし、糖尿の気もあるから、体重を減らしなさいと言われてしまったよ」「そうか、おれもアルコールを飲みすぎないようにと言われているんだが、仕事をしていると、なかなかそうはいかないんだよなあ」

レストランなどで、こんな会話をかわしながら食事をしている人たちを見かけることがあります。テーブルの上には、いかにもカロリーが高そうな脂っこい肉の皿が並び、ビールやお酒などのびんもちゃんと鎮座している。

そんな人たらを地かけると、「そんなことをしていると、あのときあんなに食べなければよかった、飲まなければよかったと後悔する日が、遠からずやってきますよ」と言いたくなりますが、それと同時に私か感じるのは、悪い習慣を直してよい習慣を身につけるには、やはり医師はあまり役に立たないなということです。

日本の健康保険では、医師が三〇分間診察しても、三分で診察を打ちきっても診察料は同額です。そのうえ日本の病院は外来患者が多すぎるため、医師の診療時間はつい短かくなります。

よく、「三分間診療」「五分間診療」といわれているように、医師たちはつぎつぎに患者さんをこなすのに忙しく、患者さん一人ひとりの話をじっくり聞いたり、生活習慣についてていねいにアドバイスをする時間の余裕がありません。「もっと体重を落としてください」「脂肪の多いものはなるべくひかえてください。和食がいいですよ」などと言うのがせいぜいでしょう。

「悪い習慣をやめ、よい習慣を身につける。それが最高の病気の予防法になる」と口で言うのは簡単ですが、実際に実行するとなるとなかなかたいへんです。強い意志力の持ち主ならいざ知らず、一人でがんばっているだけでは、ほとんどの人が途中でくじけてしまいます。よい習慣を身につけるには、”味方”になってくれる援軍が必要です。周囲に力を貸してくれる人がいるでしょうか。

医師が頼りになりそうな感じがしますが、じつはこの場合、医師はあまり役に立ちません。忙しいということもありますが、日本の医師が関心を抱いているのは、あくまでも病気を見つけたり、どう治療するかということだからです。医学校での学生の教育も、診断や治療にばかり重点がおかれてきたのです。

一方、医師が検査をしないで指導だけするというのでは、出来高払いの健保報酬では収入が少ないということもあります。最近の診療報酬の項目をみると、生活指導を行なった時の報酬の点数が少し増えましたが、これは医師が良心的に行なうことが条件になっています。

ですから、「病気にならないように、悪い習慣を改めるにはどうしたらいいでしょう」と医師に聞いても、あまりはかばかしい答えは返ってこないでしょう。そうした情報を患者に分かりやすく伝え、患者に動機づけを与えて実行にふみこませるという、行動科学的技術を習得するように医師は訓練されてこなかったのです。

海外旅行にでかける

生活環境を変えるのに、いちばん手っ取り早いのが旅行です。とくに海外へ行く場合、飛行機をはじめとして公共の場所はノースモーキング。

たとえ2、3日でも、タバコなしで過ごした体験は自信になります。

ドライブを楽しむ

のんびりドライブを楽しんだり、窓の外をながめることにより、ふだんの生活リズムから離れることができます。

吸いたくなったら気をそらすこと。景色のいい所で車を止めて、深呼吸するのもいいでしょう。

水やお茶をたくさん飲む

ニコチンの離脱症状の一つに、やたらとのどか渇くことがあげられます。そんなときは、水やお茶、ジュースなどを飲むようにしましょう。

アルコールやコーヒーなど、刺激の強いものは絶対に避けます。

宴会を避ける

宴会の席にはかならずこってりしたおつまみがでてきます。お酒を飲んだり、脂っこい料理を食べたあとは、つい一服したくなるものです。

代わりを見つける

口が寂しく、どうしても吸いたくなったときは、ガムや飴を□に入れたりしてしのぎましょう。 

海外旅行はタバコをやめるキッカケになる

習慣を変えようという決意と、その実行には落差があります。たとえばタバコをやめようというときに、いつものオフィスでいつもの仕事をしていれば、いつもと同じストレスを受けますから、ついタバコに手がのびやすくなります。

ですから、私は習慣を変えるキッカケづくりとして、環境を変えることをすすめます。といっても、いまの仕事をやめなさい、いまの生活を変えなさいというわけではありません。ちょっと工夫すれば、ふだんとは違った環境に身をおくことができます。たとえば旅行などは、生活環境を変えるという意味で、有力なキッカケになります。

タバコをやめようというなら、その旅行はできれば海外旅行がよいでしょう。まず飛行機に乗っているあいだは、ノースモーキングで過ごすことになります。さらに欧米では公共の場所はノースモーキングですから、素直にそれにしたがいます。目を血走らせてスモーキングエリアを探さないようにするのです。

旅行中、ボンヤリと窓の外をながめたり、ドライブしたりするというのは、環境が変わるだけでなく、ふだんの生活リズムからも離れることができます。オフィスでストレスを受けながら、どうしてもタバコを吸いたくなるというリズムとはまったく違いますから、タバコを吸いたいという気もあまり起こらなくなるはずです。

この海外旅行がたとえ二、三日のものであっても、タバコなしで数日過ごしたという体験は大きいものです。自分もやめられるという自信がつきますし、いままでと違った自分を発見して、もっと続けようという意欲がわいてくるという人もいます。いずれにしても、立派に動機づけができるのです。

こうしたことは、もう医師が指導できる領域ではありません。診察室でできることなどしょせん限界があり、あくまで本人の意志がベースです。タバコをやめたいから。いっしょに海外旅行にいこうよと、だれかを引っ張りだしてもいいですから、積極的に自らキッカケをつくることも必要でしょう。

また、たとえば什事の帰りに何かスポーツをするというのも、生活のリズムを変えるよいキッカケになり、そのときに禁煙するというような方法もあるでしょう。

どんな方法でもいいのです。一つでも悪い習慣から抜け出ることができれば、どんどんいい方向に自分を変えていけるでしょう。

やる気をそぐ「どうせダメ」

習慣を変えるには、本人の意志がまずなければダメですが、それにもましてだいじになるのがまわりの協力です。体験者に話を聞いてみると、ほんのささいなことでも意志がくじけてしまうものなのです。

せっかくのやる気をそぐ代表的な言葉が、家族の「どうせダメ」というものです。「どうせお父さん、ダメなんだから無理しないほうがいいわよ」とか「これまで何回も失敗してるんだからどうせダメよ」という言葉ほど、やる気をそぐものはありません。子どもが珍しく机に向かって勉強しているときに、「どうせ、すぐ気が変わるんでしょう」と言えば、大半の子どもがやる気をなくすでしょう。それとまったく同じことを言っているのだと思ってください。

こういうときは、周囲が決断した人をもち上げるにかぎります。「今度は本気みたいね。顔つきが違う」とか「本当にやめられたらパパを尊敬する」と励まし、すぐに元通りになるのをカッコ悪いと思わせるトリックも必要です。

といっても、家族から面と向かってこう言われると、かえって「しらじらしいことを言って」と反発する人もいます。そうした人でも、奥さんが子どもに
「今度はお父さん、本気みたい」と言っているのを立ち聞きして、その気になることがよくあるのです。友人に協力を頼んで、「奥さんが、きみが深酒をやめてうれしいと言っていたよ」などと言ってもらうのもいいかもしれません。家族の健康を守るために、周囲もこれくらい協力してもいいでしょう。

私か聞いたなかでいかにも効果がありそうだったのが、可愛い孫の言葉です。「おじいちゃん、私か結婚するまで生きていてね」と言われ、その日からタバコをやめた人がいます。なるほど医者の言葉より効きそうです。

あるいは権威に弱い人なら、たとえば会社の社長に「きみ、そんなこともやめられないのか」とひと言いってもらえば、ものすごく効果があるでしょう。

このように動機づけにも様々な戦力がありますから、まわりの人は本人の生活をよく見抜いて、効果的な方法を編み出してください。

睡眠時間を削っても、全然疲れを感じない

会社の仕事などでみなさん経験していると思いますが、人から命じてやらされる仕事はただただつらいノルマにすぎませんが、自分かやりたいと思い、計画立案して実行している仕事は、たとえ徹夜してもあまり苦になりません。

私は、仕事が終わり家に帰ると、毎晩かならず一時間半、資料の整理をします。その日何かいい言葉に出会ったら、それをメモしたり、それが載っている本や雑誌を選びだします。そしてそのコピーをとり、それぞれ関連あるファイルに入れていきます。あるいは、その日経験した患者さんのこと、その日もらつた患者さんや友人からの素晴らしい手紙なども、やはりコピーをとって整理しておきます。もっとも、コピーをとったり、ファイル別に整理するのはたいへんなので、人にも手伝ってもらいます。

講演など頼まれると、講演のテーマに関連したファイルを五つか六つ持って出て、新幹線や飛行機の中で講演の中身を組み立てていきます。

ときには、夜整理していてそのまま原稿を書き出して、気がっくと朝になっていることもあります。翌朝、ふっうに仕事に出ますが、睡眠時間を削ていても、こういうときは全然疲れを感じません。

自分の興味で、自分の意志で行なっていることですからストレスなどまったくなく、「いい原稿が書けた」というような満足感のほうがはるかに上回っています。

睡眠が不足していても集中力もあまり落ちませんし、家に帰ってすぐ寝てしまうということもありません。ふだんどおりの時間に寝て平気です。徹夜して書き上げた喜びというのは、私にとっては達成感というたいへんなご褒美になっていて、エネルギー源になっているということです。

自分の習慣を変える場合もまったく同じことです。

医師に言われたからしかたなくとか、女房がうすさいのでしかななく変える、というのでは習慣を変えること自休が、新たなストレス源になってしまいます。あくまで習慣を変えるというのは、その必要性を十分認識したうえでの自発的行為でなければなりません。

周囲と肩をならべていないと安心できない

よい習慣を身につけようとして努力しているにもかかわらず、その努力がうまくいかない場合があります。それは環境の問題です。環境が悪いと、本人の努力だけではうまくいかないことも出てきます。

とくに、本人がいくら健康維持のために悪い習慣を断ち切ろうと思っても、それをなかなかゆるしてくれないのが日本社会です。典型例が酒の場です。一気飲みを強いられて急性アルコール中毒で亡くなった若者が何人もいますが、立派な社会人でも似たようなことを平気でやっています。

見ていると「なに、飲めない、情けないこというな」とか「おれの酒が飲めないとはどういうことだ」と、無理強いするのが酒だと思っているようです。
こういうのははっきりいって暴力行為です。

もし、酒を断りた人が病気を心配していたり、無理をするとちょっと危ないと思っているような状態だったら、その人に無理矢理酒を飲ませるのは殺人行為かもしれません。

日本人はとにかく周囲と肩を並べていないと安心できない傾向があり、一人、その輪の中から抜けると村八分のように扱ったりします。一人だけ酒を断ったりすることは許されないのです。

「まあ、そういわずにつきあえよ」と半ば脅迫のように飲ませます。その意味では、チャイルディッシュ、子どもっぽいのが日本の男性の特徴です。

何らかの生活習慣病をかかえている人が、推定で延べ5000万人近くもいる国なのですから、こうした社会の悪習をなくしていくことも必要でしょう。せっかく家庭でいい習慣を持っても、学校や会社へ行くとその習慣が通用せず、それが病気の原因になってはどうしようもありません。

いい習慣を社会全体が認めるような、そうした国になってほしいのです。